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ここには類型・性格タイプに関する参照元とそれについて考えたことを置いておこうかと思う。
類型は主にエニアグラムになると思う。生得本能やトライタイプなど。ソシオニクスについても書くかもしれない。
類型論に関しては人を分類したり、類型を通して人を理解するツールとしては見ていない。むしろ、タイプというフィルターを通すことで見落とすものがあるんじゃないかと思ってしまうくらい。僕は人にタイプという記号を付与することで、その人を理解した気になることを恐れているんだと思う。概念ってのはある現象を説明するために便利だし、切っても切り離せない。抽象的なことだと特にそれがないと説明するのは難しいまである。だけど、概念は現象すべてを説明できるものではない、そう思ってる。ある概念というフィルターで現象を見ると、共通項で括った部分の解像度は上がれど、弾かれた部分は無視されてしまう。見えづらくなる。そうすると、そこにある要素同士の微細な差異を見逃してしまうし、大事なものを見逃してしまう気がする。
類型なんてなくても人を理解する方法は五万とある。それでも、類型に興味深さを感じているのは自分とは異なる認知システムがあることを教えてくれるからかもしれない。そのレンズで世界を見るとどう見えるんだろう?どんなふうに外界は見えているんだろう?他の人の認知システムを知ることは驚きでもあり発見でもある。知的好奇心を満たしてくれる。それは本を読む時の感覚と似ているのかもしれない。本を読むと、その著者の主観的世界を覗き見ることができる。どんなふうに世界にある数多の事実から、それらを切り取り、どんなふうに認識し、更に解釈に至っているのか。あまり人の価値観そのものや考えの結論には興味がない。どう認識し、どう解釈したか、そのプロセスの方に興味を惹かれる。類型論はその思考回路の道筋を概念化してくれてるからそこが面白い。
提唱者の理論を元に考察したことを書いていくけど、読む場合の注意点は下記の通りである。
- このサイトにある情報は一次情報を参照してはいるが、筆者を通して出した考えや結論なので一つの解釈である。どんな解釈ができるのか?という所に焦点を置いている。一つの解釈の提案に近い。
- 先ほどにも述べたけど分類にはあまり興味が湧かない。その認知フィルターに興味があるため、他人をタイピングするための考察ではない。
意外と長々と書いちゃったけど、もしかしたらこのサイトのテーマは類型論ではなく認知なのかもしれない。あんまり更新頻度は多くないと思うけど、ドメイン取ってないし無料運営してるので気ままにやっていこーという感じである。